2017年11月28日

依頼していただいた以上は、必ず命がけでお返しします

20代の頃、僕は映像の責任者としてフリーの立場で、ある会社をバックアップして全部見ていたんです。ほかの仕事もやりながらですが。

 

その時、大変お世話になっていた社長が、ある事業に失敗して、その会社の映像部門もすべて含めて負債を負ってしまったんです。
当然、業界内に知れ渡り、僕は仕事を失いました。

 

僕は思い上がっていましたから「そんなの僕が返してあげますから」と言うと、「いや、そういうことじゃないんだ」と。
すると「債権者会議」というのをやっていると聞いたので、「じゃあ、僕もそれ出ますよ」と、「僕、話ししますから」と言ったんです。

 

僕が債権者会議に行ったら、修羅場になってるわけです。
今思えば、僕は本当に若かったんで「何にも分かってなかったんだな」と思います。

 

その債権者会議とやらに行くと、社長が土下座してたんですね。
それで僕は、「社長、この負債を半分返します」とその時にかっこつけて言っちゃったんです。

 

そしたら当然、債権者さんから「お前返せるのか?」となってしまって。
それで、とんでもない金額の借金を負ってしまいました。

 

社長からは「やめとけ、君の問題じゃないから」って言われましたけど、「いや、でも僕が返します」と言って、債権者さんたちが居並ぶ前で、「ここは僕が責任持ちます」と、ハンコ付いちゃったんですよ。

 

ただでさえ、この件で業界の信頼も失い、しかも干されているのに、月々100万円近く払わなきゃいけないという事態になってしまったんです。
フリーというか、会社員でも何でもない人間がです。

 

僕が見ていた会社の“顔”は僕でした。その会社が大迷惑かけて倒産したわけですから、当然、「危険だから酒井には仕事を振らないようにしよう」ってなりますよね。

 

ゼロです仕事。一気にゼロです。今まで4,000万ぐらい月の売上げがあったのに、ほんとにゼロです。なんにもないんですよ、仕事が。

 

その後の約2年ぐらいは、大変でした。
土方のバイトをやったり、日雇いのバイトをやったりしてしのいでいましたが、電話、電気、ガス、水道まで止められていました。

 

でもね、そういう中で得たことが大きかったんです。

 

売れていた頃は、飲み仲間、遊び仲間、先輩、後輩と、いろいろ知り合いは多かったです。
人間って思い上がって生きていると、大事な関係って見えないんですよね。

 

だから、本当に誰が味方で誰が自分のことを本当に思ってくれるのかっていうのって、分からなくなるんです。
人間って本当に浅はかなので。そういう事態にでもならなきゃ分からないんですよ。

 

僕はその2年間で、本当に色々な人に助けてもらいました。

 

仕事がないんで、昼間にやることがなかったりすると、知り合いに呼ばれて「ちょっと自転車が壊れちゃったんで、直してもらえないか」なんて言われるんです。
僕は暇なんで「ああ、別にいいですよ」って、行くじゃないですか。
そうすると、ずらっと夕飯が用意されているわけですよ。

 

僕に 「飯を食べに来い」って言うと、僕が 「いや、いいです」と言うのが分かっているから、それを理由にしてやってくれていたんですね。

 

当時はね、ほんとに何にも買えなかったんですよ。1日300円しか使えなかった。
債権者からも追われますし。
もう本当に追い込まれて、車に飛び込みそうになったこともありましたからね。リアルな話、あまりにきつくて。

 

その時から今に至るまで思ってるのが、その時「5万、10万の仕事しかないけどいいか?」って言ってくれた人とかいて。5万、10万の仕事がこんなにありがたいのかと。

 

今までテレビCMで、しかもメジャークライアントと仕事していましたから、制作費2,000万だ、3,000万だというのが当たり前の中でやってきていたんです。
5万、10万なんて、その当時だったら「ご冗談でしょう」と。「僕が1日働いて5万ですか、なめないでくださいよ」って、絶対言っていたはずです。
そういう思い上がってた人間だったんです。

 

でも、自分に仕事がなくなった時に、「1日やっても5万位にしかなんないけどいいか?」って言ってもらえた時、もう本当に、ありがたいというか…。

 

この時に学び、心がけていることは、金額が多い、少ないではなくて、僕にお願いしてもらった以上は、必ず命がけでお返ししますという、それだけなんです。