映像制作会社の経営を目指すあなたへ
2026.06.08 (Mon)
2026.06.08 (Mon)

作品づくりの情熱だけでは、会社は続きません。
しかし、経営だけを考えていても、良い作品は生まれません。
映像制作の世界には、正解のない悩みが数多くあります。
スタッフとのコミュニケーション、企画会議の進め方、モチベーションの維持、批判との向き合い方、家庭との両立、そして経営者としての葛藤。
今回もアーツテック代表・酒井靖之監督に、一問一答形式で、これから映像制作会社の経営を目指す方々に向けて、実体験をもとに、現場と経営の両面から考え方や乗り越え方を伝えて頂きました。
Contents
Q「チームを組んで映像・動画制作をしており、将来は会社経営をしたいと考えている者です。今のスタッフは、自分がしっかり説明しているにも関わらず、その通りに動いてくれません。それに毎日、イライラしています」
A
僕も二十代の頃には、同じような経験をしていました。
スタッフに丁寧に説明したつもりでも、違うことをやられる。
「違うんです。〇〇してください」と言っても、「なぜ、そうはっきり言ってくれなかったのか」との答え。
そういう局面が何度もありました。
演出という仕事には、非常に高度なコミュニケーション能力が必要なのだ、ということを身に沁みて感じるきっかけともなりました。
それからは、最小限のコミュニケーションでも、相手に対して正確にイメージを伝達するための訓練を続けてきました。
例えば、タクシーで運転手に道の指示をするとき、新人だろうが、ベテランだろうが、絶対に道を間違えないようなコミュニケーションを取る。
そういった訓練を続けていくうちに、この問題で悩むことはなくなってきました。
質問者の方は、まだ二十代とのことですが、本当にスタッフの側に問題があるのか、あるいは、自分のコミュニケーションの取り方に問題があるのか、冷静に振り返ってみてください。
100%違えることなく相手にイメージを伝える能力は、この仕事において、非常に重要です。
徹底的に磨いていって下さい。
Q「若いスタッフを使っていますが、『良いものを作りたいけれど、チーム内での衝突で気まずい空気になるのが怖くて、自分の意見が言えない』という人がいます。」
A
意見を言えない会社というのは、どうかと思います。
摩擦を恐れるあまり、まともな意見を言えないようでは、大学の映像研究部、広告研究会以下の存在になってしまいます。
僕は、高いレベルでの意見の衝突は良いことだと思っています。
企画というものは、アイデアをぶつけ合っていく中で良いものになっていきます。
かつてテレビCМ専門で仕事をしていた時、CМプランナーと呼ばれる人たちと、定期的に企画会議を行なっていました。
スタークリエイターは、みな多忙のため、夜中に集まっての会議もありました。
一時間一本勝負で企画を出していくのですが、その時のアイデアをぶつけ合うスピードとその増幅効果は、今考えてもすごかったなと思います。
それはアイデアを出す側もそうだし、それを受け取って増幅する側も感度が高く、能力が優れていなければ、絶対にできないものでした。
こうして、1時間でヒットCMの企画案を作っていたのです。
基本的にブレインストーミングでは、皆が発言しやすいような空気を作る「進行役」が重要になってきます。
その企画会議でも、「〇〇さんはどう?」「いいねえ!」「それ、面白いかも!」と非常にテンポ良くアイデアを増幅させていく、優れた舞台回しの方が必ず一人はいました。
その人に乗せられて、こちらも良いアイデアが出てきたものです。
こうした人は、アイデアマンというより、アイデアを出させる天才でした。
そういう人が周りにいなかったとしたら、あなた自身がその役回りを演じながら、自分もアイデアを出し、周りにもどんどんアイデアを出させる、ということをやっていくのがいいのではないでしょうか。
まずは、良いものを生み出す空気を作ることを大事にしてください。
Q「大きなプロジェクトが終わった後、完全に燃え尽きてしまい、次の仕事へのモチベーションが湧きません」
A
僕にもよくあることです。
その仕事が大変であればあるほど、終えたときに、燃え尽きた気持ちが大きくなるのは当然だと思います。
僕は経営者としてやってきたので、仕事が無いという状況が怖くて、休むことなく、モチベーションがなくても、常に仕事をし続けてきました。
でも、今になって考えると、燃え尽きたときは少し休んだほうが良かったのかもしれません。
思い切って、一週間仕事をしないと決めて、旅にでも出たらどうでしょうか。
のんびりと田舎の風景や海でも眺めてみてください。
自然に働く意欲が湧いてきます。
心配することはありません。
少し休んで、また次の大きなプロジェクトに向かって進んでください。
Q「自分が手掛けたものや発信に対して、ネットや周囲から批判されるのが怖くて萎縮してしまいます」
A
僕自身にはアンチはいないと思っていますが、ドラマを作ると、作品に対してとやかく言われることがあります。
でも、ドラマ作りには、それに対する批判は避けられないものだと思っています。
アンチや批判を恐れていては、作品は作れません。
僕は僕の信念で作品を作っています。
「この場面で、主人公がこんなことを言うのはおかしい」と言われても、それはあくまでも、その人の意見です。
僕自身だったら、その場面ではそう言うのだから、そのようにシナリオを書いている訳です。
何も恐れる必要はありません。
ただし、アマチュアではないのですから、リテラシーの問題や、他人を傷つけるような表現には、十分に気を付けなければなりません。
こういう表現をすると、こういう批判が来るだろうな、ということを想定した上で、あえて勝負をするのか、それとも避けるのか、その判断力もプロにとっては重要だと思います。
僕自身、ある人からは批判されたシーンが、ある人には逆に「あのシーンが一番良かった」と言ってもらうことも多いものです。
いずれにしても、作り手は、信念を持って作ることが大事なのだと思っています。
Q「昔はあんなに純粋に楽しかった仕事が、今ではただの『タスク』になってしまいました」
A
こういう方は非常に多いと思います。
好きなことを仕事にした場合、この感覚に陥ることは仕方のないことだと思います。
しかし僕は、タスクになってしまう一番の原因は、自分が自分の目指しているレベルの仕事に到達できていないからではないかと思うんです。
僕の経験で言えば、二十代の時にディレクターになってから、音楽系の仕事、テレビ番組、テレビCMと、担当する仕事に比例して、全体の制作費やギャラも大きくなっていきました。
自分の創造力の限界を問われる仕事が、常に自分の目の前にありました。
そして、今でも緊張の毎日を送っています。
そんな毎日を送っている立場からすると、昨日の仕事と今日の仕事は同じではないのです。
例えば小説家も、仕事だけを見れば、今日も原稿を書いて明日も原稿を書いているという、単にタスクをこなしているだけに見えるかもしれません。
しかし、一行一行、新しい展開を考えたり、ある場面をうまく書けたことの喜びだったり、といった様々な感情があった上での毎日があるわけです。
自分のやれる範囲内のことだけを毎日やっていたら、それは単なるタスクになってしまいます。
大変申し訳ない言い方ですが、そんな状況に自分がいることが問題なのだと思います。
タスクという言葉では片付けられないほどの緊張感のある仕事をするには、自分のポテンシャルを上げていかねばなりません。
そこに目を向けていくべきだと思います。
そうすればモチベーションが下がることはないし、仕事が成功して認められれば、さらに自分の能力に見合った仕事が来るのだと、僕は思います。
Q「結婚や育児などのライフイベントを迎えて、これまでのような深夜まで没頭する働き方ができなくなりました」
A
おめでとうございます。
ライフステージというものが人間にはあります。
独身の時は、いくらでも仕事に時間を掛けられたとしても、家庭を持ち、子供を持つという段階になると、人生のプライオリティが仕事一辺倒ではなくなります。
家族も大切、家族を守るために仕事も大切、育児も大切、という段階になってくるでしょう。
昔、自分が編集マンをやっていたときに、あるテレビ局の女性のディレクターで、仕事は午後5時までに絶対に終わらせる、という方がいらっしゃいました。
その方は主婦で、5時には仕事を終えて、買い物をして、夕食を作らなければならなかったのです。
仕事振りは一流で、時間内で仕事を終わらせることへのこだわりも並大抵のレベルではありませんでした。
こちらがまごまごして作業が遅れでもしたら、恐ろしくて顔も見られないほど。
番組のディレクターとして、仕事でも勝負しながら子育てもしっかりやり切る様を、まさに目の当たりにしたものです。
今でも、仕事と家庭の両立ということに悩んでいらっしゃる方は多いかと思います。
人間は幸せになるために生まれてきたのだと思うので、仕事も大事、家庭も大事です。
その両立に悩むということは、人生において大切なことなのではないでしょうか。
そうした思いを背負いながら作った作品、育てた子供は、必ず一流になっていくと僕は思います。
深夜まで働くことだけが映像制作ではありません。
その分、効率を上げることや、短い時間で同じようなことができる方法論を考えた方がいいと思います。
応援しています。
がんばってください。
Q「出世や拡大、売上アップという『右肩上がりのゲーム』に疲れてしまいました」
A
今の世の中は極端になっているのではないかと思います。
特定の業界のことになるかと思いますが、会社を右肩上がりに拡大させて、何億、何十億も稼ぐ人の話を、毎日のようにSNS等で目にします。
でも、僕もこの年になって気付くことがあります。
「人は人なのだ」と。
僕はそもそもこの仕事を、お金を儲けるために始めたわけではありません。
作品を作って、人に何らかの良い影響を与えたかったし、生きてきた証を作品として残したいという純粋な気持ちから、クリエイティブな制作というものを続けてきました。
ただ、僕やあなたのように経営者になっていくと、どうしても会社を維持しなければいけないし、会社を伸ばしていかなければならない状況に追い込まれます。
作品の良し悪しとはまた別の問題に、あなたが捕らわれていったのだと思います。
もう一度、初心に帰られてはいかかがでしょうか。
右肩上がりのゲームに追われて、心身共に疲弊して病気にでもなったら、元も子もありません。
ハッピーになるための作品作りであり、自分の仕事だと思うので、自分がハッピーでいられる状態を作ってはいかがでしょうか。
僕の会社もそうなのですが、一時期、大勢の従業員を雇っていたこともあります。
その時は「ここ、自分の会社なのかな?」と疑問に感じた時もありました。
今はあえて、サイズを小さくして、自分の呼吸、自分のイズムが流れる会社にしています。
今の方が、大きいビジネスをやっていた頃よりも、幸せを感じています。
僕みたいなパターンもあるので、いろいろ考えてみてください。
Q「ギャラは良いけれど気が進まない仕事と、お金にはならないけれどやりたい仕事、どちらを選ぶべき?」
A
あなたがもし会社を経営したいなら、お金をしっかり稼げる仕事は絶対にやるべきです。
それは、経営者にとってライフワークは大事ですが、従業員や自分が生きていくための「ライスワーク」はもっと大事だからです。
あなたが経営者である前に、クリエイターとして大成したいと願うならば、「ライスワーク」より「ライフワーク」の比重を置くべきです。
あなたは会社の経営と、クリエイターとして良い仕事をすることのどちらを優先したいと思っていますか?
僕は欲が深いので、二つとも、大事にしています。
当然、経営者としては「ライスワーク」を最優先しますが、僕は経営者の前に映像の監督、いちクリエイターだと思っています。
お金にはならないけれど、やりがいのあるドキュメンタリーもライフワークだと思ってやり続けてきました。
自分の人生のどこにプライオリティを置くかで、ライフワークか「ライスワーク」かが決まると思います。
これは自分にしか分からないことですので、よく考えてみてください。
今回は偉そうな立場からで、申し訳ありません。
僕は30年間、映像制作会社を経営してきましたが、好き好んで経営者になったわけではありません。
ただ純粋に「作品を作りたい。人よりも良い作品を作りたい」と思っていたところ、自然に今のようなカタチになっていました。
会社の経営を始めると、作品作りとは別の、様々な苦労があります。
この30年、本当に様々な紆余曲折があり、今に至っています。
しかしその経験こそが、自分を、クリエイターとしても人間としても成長させてくれたのだと思います。
全ての悩みはチャンスです。
その悩みに負けないで、全力で立ち向かって、十年後に、自分はあんなことに悩んでいたのか、と笑えるような人生を歩んで行きたいと思っています。
皆さん、がんばってください。
お互いハッピーな気持ちで、良い作品作りに励みましょう!