人生は、何歳からでも挑戦できる ――もう一度、夢を持つということ――
2026.11.03 (Tue)
2026.11.03 (Tue)

20代には20代だからこそ描ける夢があります。
しかし、30代、40代になってくると、仕事や家庭や責任が増え、いつの間にか、「夢なんて語っている年齢じゃない」と思うようになります。
30歳で転職を迷っている人も、40歳で新しいことを始めたい人も、50歳で第二の人生を考えている人もいます。
そして、みんな「もう遅いのではないか」という恐怖をどこかに持っています。
今回はアーツテック代表・酒井靖之監督に「完成してしまった人生なんて、面白くない」という視点から、挑戦をやめない生き方について、語って頂きました。
子供のころ、「大きな夢を持ちなさい」と言われた経験のある人は多いと思います。
ところが、二十歳を過ぎるころになると、いつの間にか周囲から「いつまで、そんな夢を追いかけているんだ」と言われてしまう。
もちろん、年齢を重ねれば、仕事や家庭、経済的な事情など、考えなければならないことも増えていきます。
しかし、だからといって、「夢に挑戦する」ということまで手放してしまう必要があるのか、それについては疑問に思います。
僕は十代の頃、「小説を書きたい」「映画を撮りたい」と思っていました。
だから、就職活動もしませんでしたし、大学も中退して、映像の世界に入りました。
僕の仲間の中にも、ミュージシャンを目指している人や、俳優になりたいと思っている人はたくさんいました。
自分なんかよりはるかに才能のある人たちも、たくさんいたと思います。
しかし、そうした人たちが、就職するために、夢を諦め、自分の能力までも諦めていくことに驚いたし、もったいないと思いました。
なにも、やめる必要はないんじゃないかと思いました。
ギターが好きなら、ギターを続ければいいし、小説を書きたい人は、サラリーマンをやっていても書けると思うのです。
これが今回のお題ですが、僕は、人は何歳からでも新しいことを始められると思っています。
三十を超えているから。
四十歳を越えているから。
いまさら始めても仕方ない、という年齢信仰にとらわれている人が、日本人には多いように見受けられます。
五十歳になっても、六十歳になっても、何かを始められる人は始められます。
会社を定年退職して、ナレーターや俳優をやっている知り合いも何人もいます。
要は、自分の気の持ちよう。
何事も、遅いことはないんです。
僕の知り合いに、サラリーマンを経験したのちに、四十歳を越えてから自分の本を出した人がいます。
小説を書かなかった時期が二十年間あるのです。
僕は、その二十年間、ずっと書き続けていた方が良かったか、と聞きました。
彼は「とんでもない」と言います。
なぜなら、今、自分が書いているのは、ビジネスマンの人に強く共感してもらう作品なので、自分がビジネスマンをやっていなかったら、到底書けなかった、と。
机上の空論では、本は書けない、と社会人の経験から学んだそうです。
結局、何の締め切りもなく、何の責任もなく、何の社会経験もない人には、空想で生きている人にしか引っ掛からない内容しか書けないとのことです。
二十年間、ビジネスマンをやってきて、その経験が今の血肉になっているのだと彼は語っていました。
つまりは、遠回りした人にしか見えない景色があるということです。
僕が現場の助手をしていたころは、今のようなコンプライアンスなどがない時代で、映画の世界、ドラマの世界というプロフェッショナルな集団の中で、厳しく怒られたものです。
どうしてこんなことをしなければならないのか、という非効率なこともやってきました。
ドラマでは、画面に映りもしない裁判の供述書を全部書かされたりもしました。
そういう時代といえば時代でしたが、これらはやはりひとつもムダではなく、僕の血肉になっています。
僕が二十代のときに、もしAIがあったとしたら、やはり、それに頼ってしまい、結局は自分で何も思考ができない、AI頼みのクリエイターに成り下がっていた可能性が高いと思います。
大人になればなるほど、新しいことが恐くなることが往々にしてあります。
失敗をすることによって、人間は色んなことを学んでいきますが、三十代、四十代になると、「失敗したくない」「恥をかきたくない」と、守りに入っていくからだと思います。
若さの特権として、興味があれば新しいことを試すことができる、ということが挙げられると思います。
それはまさに、生命のエネルギーの現れなのだと思います。
ところが、どんどん守りに入ってしまうと、新しい分野に挑戦することが、恐くなってしまう。
写真でも始めてみようか、と思っても、「どうせ三日坊主だよな」とか、絵を描いてみようと思っても、「下手だから笑われるかもしれない」と自分で自分にブレーキを掛けてしまうのです。
そういったことを取り払って、何か新しいことにチャレンジすると、若い時のみずみずしい感じがよみがえってくることがあります。
僕自身、2年前からシェア畑で農作業を始めたました。
「こんなに素敵な世界があったのか」と、夢中で土いじりをしていた小学生のころの感覚がよみがえってきたものです。
何事も最初は勇気が要ります。
勇気をだして、新しい一歩を踏み出してください。きっと、素敵な世界が開けますよ。
年齢が上がるほど、「これは嫌い」「これは苦手」と世界を狭くしがちです。
食わず嫌いが行き過ぎると、自分の偏った考えしか、相手に伝えられなくなってしまいます。
それはもったいないことです。
例えば音楽が趣味だとしたら、好きな系統はあると思います。
が、ヒップホップが無理、現代的なものは苦手、といった固定観念があるとしたら、一回取り払ってみてください。
読書も、たとえば「日本の軽いミステリー小説は苦手」だとしても、読んでみる。
新しいものへの好奇心を持っていると、いつまでも人間は老けないと思っています。
いつまでも、みずみずしくいられるコツは、実は好奇心にあるのです。
「老害」という言葉がありますが、やはり、年齢と経験を積み重ねた人から学ばなければならないことは、沢山あります。
ただ、語る側が「昔はこうだった」と昔話しかできないと、これは若い人からすると「老害」になってしまう。
今をちゃんと認めた上で、こうしたほうがいいよ、とさらに正しい答えを導き出すことができるのは、やはりキャリアを積んだ人たちだと思います。
そのためにも、自分たちも新しいものをインプットしなければならないし、新しいものや若い人を認める勇気が大切です。
これは人間としての度量の問題だと思います。
「大人になる」という言葉には、良い意味も、悪い意味もあります。
基本的に二十歳を過ぎると、「いつまでそんな子供っぽいことをやっているの」と言われることが増えます。
僕も二十歳を過ぎたころ、映画や小説をやっていきたいと親戚や知り合いに言うと、「何を子供じみたことを言っているんだ」と言われたものです。
「大人になる」ということを、単に夢を諦めることを意味する場合もありますが、僕は、それは違うと思います。
真の大人になる条件とは、若い人に道筋をつけてあげられるか、ということだと思います。
人生の先輩として、後に続く人たちに、「ああ。これが大人なんだな、かっこいいな」と思ってもらえるかどうか。
そのためには、地に足がついていて、しっかり稼げること。
自分の仕事や人生に誇りを持っていること。
人に良い影響を与えられる考え方、行動があること。
いつまでも、夢への挑戦心を失わないこと。
これが真の大人だと思います。
いくつになっても、少年のようなキラキラした純粋な心で夢を語れる人は、素敵じゃないですか。
僕がこの世界(映像業界)に入ってから、もう三十年以上になります。
長く仕事を続けていると、これまでの経験や積み重ねが、自分にとって大きな財産になっていることを実感します。
一方で、長く続けてきたからこそ、知らず知らずのうちに、自分の考え方や仕事のやり方が固定されてしまうこともあるのではないかと思います。
会社としても、これまで積み重ねてきたものを大切にしながら、これからの時代に合わせて、新しく変化していかなければなりません。
そして、そのためには、会社だけではなく、自分自身も変化していく必要がある。
今、僕はそのことを強く感じています。
そのため、仕事だけに限らず、私生活の中でも、これまで経験してこなかったことに目を向けるようになりました。
たとえば、二年前から始めた農作業も、その一つです。
新しいことを始めると、それまで知らなかったことに出会います。
そして、自分の中にも、まだ知らない部分があることに気づかされます。
それは、年齢を重ねてからも変わらないのだと思います。
僕は、何歳からでも、自分をリセットして、もう一度やり直す覚悟を持っていたいと思っています。
もちろん、これまでの経験をすべて捨てるということではありません。
これまで積み重ねてきた経験や失敗、人との出会い、その中で身につけてきたものを大切にしながら、そのうえで、これからの自分を新しく作っていく。
そういう意味での「リセット」です。
もっと成長したい。
これまでとは違うことにも挑戦してみたい。
そう思う気持ちがある限り、年齢を理由にして、自分自身にブレーキをかける必要はないと思っています。
四十歳だから、五十歳だから、六十歳だからと、
「もうこの年齢だから」と考えてしまうのではなく、その年齢になったからこそできることもあるはずです。
若い頃には分からなかったことが、経験を重ねた今だからこそ分かることがあります。
これまでの仕事や人生の中で培ってきた経験が、新しい挑戦につながることもあります。
そして、年齢を重ねることによって、自分が本当に大切にしたいものが、以前よりも明確になることもあるでしょう。
ですから僕は、年齢を単純に制限として捉えません。
もちろん、若い頃と同じようにできないことはあります。体力や環境など、変わっていくものもあります。
しかし、それと同時に、年齢を重ねたからこそ持てる経験や視点もあります。
大切なのは、できなくなったことだけを見るのではなく、今の自分だからこそできることにも目を向けることなのではないかと思っています。
僕自身は、死ぬまで挑戦して生きていきたい。
自分の中に「やってみたい」という気持ちが生まれたとき、その気持ちを年齢だけを理由にして諦めてしまうことは、できるだけ避けたい。
「あの年齢になっても、あの人は新しいことに挑戦している」
「年齢を重ねても、まだ成長しようとしている」
「自分もそうありたい」
そう思ってもらえるような存在でありたいと思っています。
皆さんも、もし心の中に「いつかやってみたい」と思っていることがあるのであれば、ぜひ一度、その気持ちに目を向けてみてください。
大きなことでなくても構いません。
新しい趣味を始めてみる。
以前から興味を持っていたことを学んでみる。
行ったことのない場所へ行ってみる。
昔やりたかったことを、もう一度始めてみる。
あるいは、仕事の中で、これまでとは少し違うやり方を試してみる。
最初は小さな一歩でいいと思います。
大切なのは、自分の心の奥にある「やってみたい」という気持ちを、自分自身でしっかりとすくい上げることです。
そして、年齢を理由に、その気持ちを最初から否定しないことです。
新しいことを始めたからといって、すぐに何かが大きく変わるわけではないかもしれません。
思うようにいかないこともあると思います。
それでも、一歩踏み出すことで、それまで見えていなかったものが見えてくることがきっとあるはずです。
そして、そうした小さな変化が積み重なって、いつの間にか、自分の人生そのものが変わっていることもあると思います。
人生は、何歳からでも変えていくことができます。
何度でも、新しいことを始めることができます。
これまでの自分を大切にしながら、これからの自分を新しく作っていくこともできます。
僕自身も、これからまだまだ挑戦していきたいと思っています。
三十年以上この仕事を続けてきたからこそ、これまでの経験を生かして、さらに新しいことに取り組んでいきたい。
そして、年齢を重ねることを「終わり」ではなく、新しい可能性が始まるきっかけとして捉えていきたいと思っています。
遅すぎることは、決してありません。
もし今、心の中に「やってみたい」と思うことがあるのなら、その気持ちを大切にして、一歩を踏み出してみてください。
その一歩が、これからの人生を変えるきっかけになるかもしれません。
皆さまの新しい挑戦を、心から応援しています。