クリエイターはなぜ本を読むべきか? ―酒井靖之監督が語る、想像力の鍛え方―
2025.11.28 (Fri)
2025.11.28 (Fri)

趣味のため、あるいは仕事のためでも、好奇心のおもむくままにページをめくることで、世界は驚くほど広がっていきます。
酒井靖之監督が若い頃に出会った衝撃の一冊、旅に連れ出してくれた物語、創作の力となった読書体験‥‥。
積み重ねてきた本との時間が、今の自分をつくっていると語る酒井監督。
今回は読書について、綴っていただきました。
ぜひご一読ください。
Contents
僕はいつも、仕事に役立てるための本と、自分の趣味で読むための本、合わせて2、3冊をカバンに入れて、持ち歩いています。
様々な企業に関わる仕事をしていると、それ相応の知識が必要になってくるので、常に本を読んで学ぶことが欠かせません。
例えば建設業界の仕事ならば、今の建設業界の現状はどうなっているのか。それを知っておく必要があります。
また化学系の会社の仕事を請け負うなら、最低限の化学の知識が必要です。
打ち合わせの際には専門用語が出てきます。
それを毎回、「知りません」「分かりません」「教えてください」と言っていてはプロとして恥ずかしいので、打ち合わせ前には、その業界の最低限の知識は手に入れておくようにしています。
もちろんインターネットで調べることもできますが、誰が書いているか分からないようなネット記事を読むよりは、専門家によってしっかりと丁寧に書かれた本を読むようにしています。
各業界の状況は、三年から五年くらいで、変化していきます。
古い知識のままではいけないので、時代に合わせて進化していくものについては、必ず新しい知識を取り入れるようにしています。
このようにしていくうちに、業界の特性や現状、問題点が明確にわかるようになり、社会全体を見通せるようになったのです。
今、興味をもって読んでいるのは、発酵に関する本です。
化粧品について学んでいた時に、発酵が今、さまざまな業界でひとつのブームになっていることを知りました。
そこから発酵に関する専門的な本や、発酵のルーツに関する本を読み、深掘りしていくうちに知識が広がっていったのです。
数ヶ月前の話になりますが、駅を歩いていたら大奥の展覧会の広告がありました。
大奥については、ある程度のイメージは持っていましたが、実態は知りません。
そこで、展示会にも行きましたし、大奥に関する本も五、六冊読みました。
おかげで、大奥について、多少は語れるようになりました。
そういったことの繰り返しによって深まっていった知識が、自分にとって大きな糧になっています。
活字をしっかり読むようになったきっかけは、小学校四年生の時に『母をたずねて三千里』を読んでからだと記憶しています。
その後、アンドレ・ジッドの小説『狭き門』に出会い、大きな衝撃を受けてからは、「この感動に勝る本に出会いたい」と、新たな本を探し求める旅が始まりました。
心が純粋な時に良書に出会うということは、初恋の人に出会うことと一緒だと思います。
そのような甘酸っぱい体験と思いは、その後のいかなる出会いよりも、瑞々しくて純粋な思い出です。
「もっと感動できる本があるはずだ」と、いろんな本を読むようになっていくうちに、読書欲、また知識欲というものが湧いてきました。
二十代の頃は、他人から「これ、読んでないの?」と言われると、居ても立っても居られずに、その本を読むということをしていました。
そうこうするうちに、とんでもない量の本が、我が部屋を埋め尽くすようになっていきました。
現代は、出版されている本自体の数は多いのですが、その中から良書を探すことが非常に難しい時代だと思います。
本が売れないので、出版社はたとえ手抜き編集でも、どんどんと出版していかなければ、お金を回収できないという業界の悪い仕組みが存在しているからです。
しかし、書店に行けば膨大な数の本があるので、じっくり探せば必ず良書に出会うことはできます。
アマゾンなど、今はネットで本を注文する人が多くいらっしゃると思いますが、ぜひ、書店に足を運んでもらいたいと思います。
思ってもみなかった出会いが、そこにあるかもしれません。
原作の本を読んでから映画を見て、映画より本の方が良かった、という経験をお持ちの方も多いと思います。
それは本によって頭の中のイマジネーションが大きく広がっているからです。
それくらい人間の想像力というものは凄いものなのだということを、ぜひ理解してほしいのです。
想像力は、本来、誰もが持っているものです。
それを僕たちのようなクリエイターは、アウトプットしていかなければなりません。
それを鍛えるのが本であり、読書。
僕の会社に入ってくる若手には、「作品を作りたいならまず本を読みなさい」と口酸っぱく言っています。
いくら映画を観ても、映像は作れません。
映像クリエイターがこんなことを言うのは変ですが、映像は五感を刺激する唯一のメディアではありますが、見る方はイマジネーションを働かせて見ているわけではありません。
一方的に、情報を伝達されているだけなのです。
対して本の場合、頭の中で文章を映像化しながら、世界を広げているわけです。
この“映像化する作業”こそ、クリエイターに最も必要な力となっていくのです。
まさに読書こそ、脚本を書き、映像として定着させる基礎となるのです。
優れたクリエイター、映像監督、CМディレクターなどは皆、とてつもない読書量なのだと思います。
ここで、僕が今までの人生で、影響を受けた本を紹介していきたいと思います。
皆さんの本選びの参考になれば幸いです。
アリサへの一途な愛を貫くジェロームと、理想の自分であろうとするあまり、現実の幸福を恐れ、神への道に進もうとするアリサの悲劇の物語。
本作品は盲目的なキリストへの愛へのアンチテーゼで、当時、教会関係者からも非難を浴び、出版停止命令が出た問題作。
当時は難しいことは分かりませんでした。
ただ、その美しい文体、世界観、フランスの見事な風景描写、アリサとジェロームの純粋な愛に、マセガキだった小学校五年生の僕は、衝撃を受けたものです
そこから、ゲーテ、ヘッセ、トルストイ、ユゴー、ゾラ、バルザックと世界文学を読んでいきました。
こうした世界文学が、将来、世界に出ていこうと思った大きな要因となりました。
アンドレ・ジッド(1869-1951)は、フランスの小説家、批評家。人間性の解放を追求し、道徳や制度を批判した。象徴主義の影響を受け、『狭き門』『背徳者』『贋金つくり』など多くの作品を発表し、1947年にノーベル文学賞を受賞。
吉川英治先生には、読む人をグイグイと引き込んでいく圧倒的な筆力があります。
一刻も早く、その先を読みたくなるのです。
高校時代、この2作は何度も読み返したほどです。
宮本武蔵にしても、三国志の英傑にしても、実在した人物ではありますが、そこには吉川英治先生の人生観、死生観が大きく反映されています。
世界的な文豪にも引けをとらない、日本が世界に誇る大文豪、吉川英治先生。
大傑作の数々をありがとうございます!
吉川英治 1892年(明治25年)に神奈川県で生まれ、様々な職業を転々としながら文学を修業。1923年の関東大震災をきっかけに作家を志し、1926年の『鳴門秘帖』で作家としての地位を確立。『宮本武蔵』、『新・平家物語』、『私本太平記』『三国志』など多くの作品を執筆し、「国民文学作家」と呼ばれ、1960年(昭和35年)に文化勲章を受章。1962年(昭和37年)に70歳で逝去。
この本は口述筆記のスタイルで書かれているのですが、これをまとめあげたのが、コピーライター界のレジェンド・糸井重里。
本作は糸井氏がまだ無名時代の作品で、こののち、広告界で大ブームを起こしていくことになります。
ちなみに、永ちゃんファンには成功者が多いそうです。
永ちゃんの言葉やこの本に感化されて、「俺もやってやるぜ!」「成りあがってやるぜ!」と闘志を燃やしたからでしょうか。
いつの時代も、カリスマと呼ばれる人は必要なのだと、改めて思います。
矢沢永吉 広島県出身のロック歌手。1972年にロックバンド「キャロル」のリーダーとしてデビューし、1975年にソロに転向。ソロ活動では初の日本武道館公演を成功させ、著書「成りあがり」はベストセラー。その後も「時間よ止まれ」などのヒット曲を生み出し、日本を代表するロックアーティストとして、現在も精力的に活躍中。
若い頃にとても影響を受けたのが『深夜特急』です。
「バックパッカーのバイブル」と呼ばれる本作は、僕が世界を回ることになった直接の要因ともなりました。
20代前半で読破したのち、家の本棚にずっと鎮座していたこの本。
ふとした時にまた読んでみようと思い、本棚から取り出したのですが、活字が小さく、読みづらいと思っていた矢先、書店で新しい装丁の『深夜特急』を見つけて開いてみると、大きな活字。
今は、それを購入し、改めて読み直しています。
青年期に大きな影響を受けた本は、改めて読んでもやっぱり素晴らしいと思いました。
沢木耕太郎 1947年生まれの日本のノンフィクション作家、エッセイスト、小説家、写真家。横浜国立大学卒業後、ルポライターとして活動を開始。 詳細な取材に基づく骨太なノンフィクションから、旅をテーマにしたエッセイまで多岐にわたり、幅広い読者層に支持されている。
ご存知、ヨーロッパ文学の金字塔『レ・ミゼラブル』。
正義とは。悪とは。
愛とは。革命とは。人権とは。
人類の叡智が及ばない広大なテーマに挑んだ本作は、数多ある文学の最高峰であると思っています。
ミュージカルは7回、映画も3回観た本作に受けた影響ははかりしれません。
ヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo, 1802-1885)は、19世紀フランスを代表するロマン主義の巨匠であり、詩人、小説家、劇作家としてだけでなく、政治家としても活躍し、人権と正義のために闘い続けた鉄人。
一時期、作家を目指す人の大半が、村上春樹の亜流であったと記憶しています。
僕は初期の初期三部作『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』と本作『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』『海辺のカフカ』くらいまでは好きなのですが、最近は少しご無沙汰しています。
いずれにしても、文学を志す方々に、最も影響を与えた功績は素晴らしいと思っています。
村上春樹 1949年に京都で生まれ、1979年に『風の歌を聴け』でデビュー。ジャズ喫茶経営を経て作家となり、海外でも高い評価を受けている。
島崎藤村といえば『夜明け前』を挙げる方も多いと思いますが、僕は本作に衝撃を受けました。
教師である主人公が、被差別部落の出身という出自を父親の戒めに従い、固く隠して生きていくが、やがて自らの出自を告白するという物語。
北海道にルーツを持つ僕には、部落差別という問題は衝撃でしたし、生徒の前で土下座するシーンには様々な想いが交錯し、差別主義に強く反対する淵源ともなった作品です。
島崎藤村(しまざき とうそん、1872年 – 1943年)は、日本の自然主義文学を代表する作家。初期は浪漫主義詩人として出発し、後に小説家として大成。
吉川英治氏と並ぶ、日本が世界に誇る大文豪。
類まれな取材力で、壮大なテーマに挑戦しながらも、読者をぐいぐい惹きつけていく圧倒的な筆力。
このほかにも『白い巨塔』や『不毛地帯』など、いくつも大作がありますが、いずれも読んで絶対に損はありません。
山崎豊子 1924年大阪生まれの作家。京都女子大学卒業後、毎日新聞に入社し、井上靖の下で執筆を続け、1958年に『花のれん』で直木賞を受賞して作家となる。没後も『白い巨塔』『大地の子』『沈まぬ太陽』などの作品は広く読み継がれている。
中学生の頃、夢中になって読んだのがシャーロック・ホームズシリーズ。
全60編を完全読破しました。
推理の面白さもさることながら、ホームズのキャラクターが本当に愛すべき存在で、大ファンになりました。
世には、シャーロキアンと呼ばれるシャーロック・ホームズマニアがいるのですが、それには及ばずとも、相当な知識は得たと思っています。
あまりにも影響を受けて、中学2年生にして推理小説を週に一本のペースで書いていました。
僕をクリエイターに育ててくれた、大切な作品です。
アーサー・コナン・ドイル 1859年スコットランドのエディンバラ生まれのイギリスの作家で、代表作は「シャーロック・ホームズ」シリーズ。エディンバラ大学で医学を学び、医師として開業したが、副業で始めた執筆活動で『緋色の研究』(1887年)を発表し人気を得る。作家として独立した後は、『ストランド・マガジン』での短編連載などで名声を得て、現代ミステリの基礎を築く。
自動車評論家・徳大寺有恒著の本書は、当時の自動車業界に多大な影響を及ぼした。
類まれな洞察力で、当時の車を鋭く批評。単に否定するだけではなく、改良ポイントも鋭く指摘。
その批評を見て、各メーカーが改良を行なっていったのは間違いないと思います。
イチ批評家の意見に大メーカーが従っていく事実は、今もって考えられないことです。
また、氏は車だけではなく、ファッション、食、映画、音楽など、あらゆる分野に精通し、その審美感、美的感覚には、僕も多大なる影響を受けたものです。
徳大寺有恒(とくだいじ ありつね/本名:杉江 博愛)は、日本の自動車評論家であり、元レーシングドライバー。レーサー引退後、自動車評論家に転身。
1976年に刊行された著書『間違いだらけのクルマ選び』が大ベストセラーに。
メーカーにおもねらず消費者サイドに立脚した、辛口で歯に衣着せぬ批評が特徴で、新車批評の先駆け的な存在となった。以降、『間違いだらけのクルマ選び』は毎年(後に年2回)刊行される人気シリーズとなり、日本の自動車界に多大な影響を与えた。
基本的に僕は、自分の人生をいかに生きていくか、という視点で読書をしています。
ネガティブな本や、厭世的な考えを持つ類の本は一切読みません。
ポジティブな本しか目にしたくないと思っています。
自分がドラマを撮ったり、写真を撮ったりしていて、一番嬉しいのが「これは酒井さんらしいね」という言葉です。
それは、ポジティブなイメージで、見る人に希望や勇気を与えられたら、と思って、モノを創っているからです。
良書から影響されたものが、自分の中で熟成して、自分なりの表現としてアウトプットできるようになったのだと思っています。
自分の最大の財産は、今まで読んできた本です。
本を読んで感動したことは、生命の奥底に記憶されていると思っています。
様々なショートドラマを作ってきて、「どうやったら、そんな脚本が描けるのですか?」と、聞かれるときがよくあるのですが、それは、ありとあらゆる本を読んできた感動体験が、生命の奥底の何ものかと化学変化を起こして、アウトプットされてくるからだと思っています。
ぼくの最大の財産は本を読んできたことだというのは間違いありません。
それがなければ、今の酒井靖之は存在しない、と断言できます。
いずれにしても、作品には自分の人生観が必ず出てしまうものです。
まだクリエイティブの世界に入りたての方だとピンと来ないと思いますが、「ゼロからあなたの作品を作ってください」と言われたら、そこにはやはり自分の人生観が出てしまうものです。
人生観を養うためにも、やはり良書が必要です。
それが最大の武器になるからです。
もしリュックサックひとつで旅立たなければならない局面が訪れた時、僕は替えの下着と靴下と常備薬、そして一冊の本を持っていきます。
本は、僕の人生の相棒です。
人生を生きる上でも読書は大事です。
良い人生を送るためにこそ、読書はあるのだと思います。
クリエイターの方も、そうでない方も、ぜひ運命の一冊を探してください。
あなたの人生を、より豊かにしてくれるのは間違いありません。