「勝つことよりも、負けないこと」酒井靖之監督が語る仕事論・人生論
2026.02.14 (Sat)
2026.02.14 (Sat)

ライターのSです。
今回もアーツテック代表・酒井靖之監督にお話を伺う機会に恵まれましたので、
失敗談から日々の仕事術、そして「折れない心」の正体まで、率直に語っていただきました。
華やかな実績の裏にあるのは、意外なほど地道で、愚直な積み重ね。
映像に関わる人はもちろん、何かを続けたいと願うすべての人にとって、
背中を押してくれる言葉が詰まっています。
ぜひ、ご一読を。
Contents
もともと僕は体育会系の人間なので、自分に映像の才能があるとは1ミリも思っていませんでした。
この業界に入ってからも、皆、自分よりもすごい人たちばかりだと思っていました。
才能のない自分が、この世界で確固たる地位を築くためには、人一倍の努力が必要だと自覚してきました。
人一倍、映画を見て、本を読む。そして、書く。書き続ける。
そんなことは当たり前です。
とにかく四六時中、映像のことばかり考えていました。
「もしかして、俺はこの世界に向いているのでは?」と思えるようになったのは、ディレクターになり、目の前の作品に全力を注ぐ日々を10年くらい続けてから。
視野は狭かったかもしれませんが、努力は続けましたし、今も努力を続けています。
結果、「努力は嘘をつかない」ということだけは確信しています。
自分に才能があるとしたら、ひたすらに努力を続けられたことにあるかもしれません。
―― 自分はこの方向性で合っているのだろうか、と不安になったりしませんでしたか?
それはいつでもありました。
とにかく、自分は助手時代が短かった。約一年とちょっとくらいです。
助手をもう少し長くつとめた方が、いろいろな監督さんの仕事振りを参考にできたと思いますが、僕は早くからメインの立場になったので、誰にも仕事の方法論を聞けませんでした。
誰にも聞けないから、自分のやり方が合っているかどうかが分からない。
撮影、編集での様々な局面で、こうすることは正しいのか、筋近いじゃないのか、と迷いながらやってきました。
それでも5年、10年とやり続けていくうちに、「正しい」とか「間違っている」とかじゃなくて、「これが自分流なのだ、これでいいのだ」という境地になれました。
映像制作会社を経営し、監督業を続ける中で、多くの映像志望の若い人と接してきました。
その中で思ったことは、有名な芸術系大学を出た人や、自分には才能があると過信している人ほど、心が折れやすい、ということです。
これは、いかんともしがたい事実です。
根拠の無い自信と才能は、プロの世界では御法度です。
中途半端に感受性が強いがゆえに「自分はこの世界に向いていないんじゃないか」と、たった半年や一年くらいで、諦めてしまう。
一流の芸術大学、映像で有名な学部を出た若者が、何人も会社に入ってきましたが、長く続いた人は皆無です。
自分の実力の無さをプロの現場で感じてしまって、打ちひしがれてしまうのでしょう。
実にもったいない話です。
この世界で続けられる人は、プラス思考の人です。
そして、過剰な自信を持っていない人、素直に吸収できる心がある人、なんとしてでも監督になりたい、という執念のある人。
成長していった人をみると、この要素が大きいように思います。
音楽の世界でも似た話があります。
地元で有名だったような、優れたテクニックを持ったギタリストほど、プロになると辞めていってしまうことが多いそうです。
「上には上がいる」と現実を思い知らされ、心が折れてしまうのでしょう。
結局、大事なのは、才能がある、ないに関わらず、「絶対に上へ行くのだ」という執念だと思います。
これが折れない心を持つ秘訣でしょうか。
挫折はどの業界でもあると思います。
才能がものをいう世界というのは、挫折も大きい世界でもあります。
そこでは「勝つこと」より「負けないこと」が大事だと思っています。
僕は芸大を出たわけでも、美術を学んだわけでもなく、武道の世界からこの世界に入ってきました。
持ち前のパワーで一生懸命やっていただけです。
ただとにかく、「自分の作品を世に出していきたい」という心だけは持っていました。
僕にもできたので、誰でもできます。
続けてさえいれば、やがて目指す場所に到達できます。
うまくいかなかったことが役に立たない、ということは基本的にはありません。
今まで、何百本という企画を書いてきました。
その中には当然、通るものも通らないものもありました。
この傑作をどうして理解してくれないんだ、という悔しさで寝られないこともありました。
今、考えると、表面的な結果としての勝ち負けはありましたが、「何としても勝つのだ」という心でやり続けたからこそ、現在の自分があると思っています。
企画というのは相対的なものですから、それを良しとする人もいれば、それに合わない人もいます。
しかし、「自分の中で、これは最高だ」と思えるものを作るのだ、という気持ちは今に至るまで変わっていません。
おかげで、昔は一週間かけて苦労して作っていた企画や脚本を、今ではそれ以上のレベルのものを、半分の時間で書けるようになりました。
これは、単なる才能ではなく、地道にやり続けてきたことが、自分の身にしっかりと刻まれていったからだと思っています。
アウトプットが過ぎてくると、どうしても心身ともに疲弊しがちです。
そういう時にやっていることは、「クリエイターになる!」という夢をつかみたかった時に読んでいた本を読み、見ていた映画を見返し、書きためていた演出ノートを読み返すことです。
そして、フリーのディレクターに成りたてで、仕事があまり無かったころに支えてくれた仲間たち、お世話になった方々を思い浮かべています。
仕事が無い時の、あの惨めな気持ち、つらかった日々。
電話が鳴らず、メールも来なかったあの時のことを思い出せば、自然に感謝の念とモチベーションは湧いてきます。
だからこそ、大変な思いをするということ、苦労をするということは、とても大切なことなのだ、と思っています。
才能は努力には勝てません。
諦めなければ、どんな人でも、絶対になんとかなります。
これは事実ですし、これだけははっきりと言っておきたいと思います。
絵が描けない、文章が書けない、センスがない、才能がないと思っている暇があるなら、まず挑戦してください。
例えば、僕のように好きな作家の模写からやってみてください。
365日続ければ、自分でも驚くほど書けるようになりますよ。本当です。
継続は力なり、です。
自分を信じて、続けてみてください
朝は7時ころに起きて、音楽を聴き、必ずお風呂に入って湯船に浸かります。
それで体をスッキリさせてから、朝食を食べ、自分でお弁当を作ります。
僕は朝の時間を、とても大事にしています。
情報を収集するのも朝です。
そして10時ごろに出社。
これはあくまでも撮影の無い日で、撮影がある時は朝6、7時の集合は当たり前です。先日は朝4時半集合でした。
午前中は調子がいいので、企画も出社前に考えておいたものを、この時間にまとめることが多いです。
僕は45分一本勝負で仕事をするようにしていて、企画を書くのも45分間、打ち合わせも45分以内、その時間で集中して取り組んでいます。
昼、お弁当を食べた後は、社長の特権として、少しだけ仮眠をとっています。
僕の場合、頭を休めるといい結果が生まれやすいのです。
頭の回転が鈍らないというか、回転スピードが上がるというか。
仮眠も仕事のうちです。
仮眠のあとは、事務仕事だったり、見積もりを作ったり、企画の続きを書いたりします。
そして、企画や事務仕事を終わらせてから、17時頃に編集作業に入ります。
昔は夜通しでやっていましたが、編集機材のスピードアップや、自分の実力の向上もあり、1、2時間あれば、大抵のことができるようになりました。
そして20時から21時に仕事を終わらせ退社、帰宅。
今日の反省をしながら入浴して、ビールを飲みます。
この時間こそが、「明日も頑張ろう」と思える、まさに至福の時です。
映像制作の現場で一番やってはいけないのは遅刻だと思います。
これは二十代の頃の話です。
当時、映画の助監督をやっているだけでは監督になるのは難しいと思い、デジタル技術や編集を学びに、あるポストプロダクションの会社に修行に行かせてもらっていました。
アシスタントは、お客様がスタジオに入る30分前には会社に着いて、掃除をしたり、モニターを拭いたりしなければなりませんでした。
しかし、前日に深酒をしてしまい、すっかり寝坊。
慌ててバスに乗ったのですが、財布も定期も忘れていたことに気付きました。
仕方ないので、×××(※自主規制)して、なんとか到着したのが、一分前。
オペレーターのチーフが、モニターを拭きながら「やる気がねえなら帰っていいよ」とのひとこと。
生きた心地がしませんでした‥‥。
自分がディレクターになってからも、一度だけ、遅刻をしたことがあります。
目が覚めたのは、集合時間の五分前。
その時はさすがに、近親者に×××(※自主規制)ことになってもらいました。
とはいえ、大きな遅刻というのはこの二回だけです。
僕はもともと小心者で、基本的に撮影前日は熟睡できないので、遅刻は少ないタイプのようです。
映像といっても、色々ありますので、企業のCМを例にとってお話します。
クライアントは達成したい目標、目的があって、映像制作を依頼します。
しかし、クライアントが言ってくる通りのものを作ってしまっては、いけないのです。
人間は想定内のものには、驚いたり、感動したりしません。
目的は変えずに、相手の想定をどう乗り越えていくか。
ここが大事になってきます。
安直な作り方というのは、クライアントの想定内、かつ分かりやすい構成。
例えば「これが、こうだから、こうなった」という構成です。
それでは驚きがありません。
先に「こうなった」という結果を描いてから、そこに至るプロセスを描くとか、構成には様々な方法があります。
常に、「え!?」「なるほど!」「すげえ!」という驚きを与えていくのが演出の妙であり、視聴者を引き込むコツなのです。
分かりやすい作品だから良い作品だ、ということは全くありません。
映像によっては、クライアントの言う通りに分かりやすく作る、ということが必要な場合もあるでしょう。
でも、全部が全部、安直な作り方をしてしまっては、驚きや感動もなく、先の展開が読めてしまうものになってしまいます。
それでは視聴者は退屈して、ネット上ならすぐ離脱されてしまいます。
テレビなら、チャンネルを替えられてしまうでしょう。
映像は、見ている人に想像の余地を作ってあげることが大事です。
それが良い映像だと思います。
例えばクライアントがカメラメーカーなら、彼らはカメラ作りのプロフェッショナルであり、僕らはそれを視聴者に感動と驚きをもって見てもらえる動画を作る、表現のプロフェッショナルです。
「このカメラはすごい!」「ぜひ買いたい!」「欲しい!」と思わせることが僕らの仕事です。
本当に素晴らしいクライアントは、映像の中身について、ぐちゃぐちゃと言わないものです。
要は、買ってもらう人が増えれば良いのですから。
僕らは、どういう世代の人間に、どういう感情を持ってもらうか、どうやって、購買意欲を湧かせるかを計算し尽した上で、それを表現します。
それが僕らの目的ですし、クライアントの目的でもあるべきです。
本年、アーツテックは創業30年を迎えます。
昨年は、YouTubeにおいて、企業の認知度、再生回数、登録者増に貢献する新しい取り組みに挑戦し、成功しました。
アーツテックならではの、圧倒的でスタイリッシュな映像も必要ですし、YouTubeでファンを増やすことも重要な取り組みです。
本年も、この両軸で頑張っていきたいと思っています。
―― 本日はありがとうございました!
*** インタビューを終えて ***
才能があるかどうかより、続けられるかどうか。
勝つことよりも、負けないこと。
酒井監督の言葉は、決して精神論ではなく、長い時間を生き抜き、勝ち抜いてきた人の実感として胸に残ります。
迷い、挫折し、それでも歩みを止めなかった人だけが知っている景色があります。
このインタビューが、次の一歩を踏み出すためのエネルギーになれば、幸いです。
この後、酒井監督と私は、例のごとく、新宿の街へと消えていったのでした。
ライター・S