一流になりたいあなたへ ~一流に触れることが、人生を変える~
2026.08.05 (Wed)
2026.08.05 (Wed)

本当の一流とは、肩書や年収、社会的地位だけで決まるものではありません。
どのような仕事であっても、その道を極めようとする姿勢や、細部にまで心を配る仕事ぶり、人への敬意や誠実さには、思わず心を打たれるものがあります。
職業や立場を超えて、「この人は一流だ」と感じさせる人には、共通する在り方があるように思います。
そうした一流の姿に少しでも近づくためには、何を意識し、どのような考え方や行動を積み重ねていけばよいのでしょうか。
今回はいつもと趣向を変え、アーツテック代表・酒井靖之監督に、「一流に近づくための方法」について語っていただきました。
映像制作の世界に限らず、あらゆる仕事や人生に通じる内容となっています。
日々の仕事への向き合い方や、自分自身を磨くヒントとして、ご一読いただけましたら幸いです。
はじめに言っておきますが、僕は一流ではありません。
僕自身は一流ではないかもしれませんが、誰よりも一流の人間に触れてきた、という自負はあります。
一流どころか、世界のトップクラスの大富豪や、グラミー賞を何度も獲るようなミュージシャンを取材させて頂いたり、大物政治家や大手企業の社長など、各界の一流と呼ばれる人たちに、いろいろなお話を伺うという役得にも恵まれてきました。
その中から、僕なりに考えてきた「一流」になるための方法についてお話させて頂けたらと思います。
若い頃、僕の師匠に、「一流になりたいなら一流に触れなさい」。
「二流、三流には触れなくていい」とさえ言われました。
当然、自分も若かったので、何が一流で、何が二流かを見抜く審美眼は持っていませんでしたが、まずはその世界で一流と呼ばれているものに触れていこうと心に決めました。
何十年にもわたって読み継がれている本を読み、百年を越えて人々の心を打つ絵画も見てきました。
歴史に残る物事や作品には、それなりの理由が必ずあると思っています。
若い頃の本の読み方は、どうしても物語が面白い、面白くない、という基準で捉えがちなので、つまらないと思って遠ざけてしまった作品もありました。
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を初めて手に取ったのは十代でした。
その時は、読んでも訳が分からず「何のこっちゃ‥‥」と思いましたが、約十年後、二十代後半に読んだときに、この本の持つすごさがはっきりと分かった気がしたのです。
「この人(谷崎潤一郎)の文章は只者じゃない」ということを、実際に自分が物を書くようになって、はじめて理解することができました。
三島由紀夫にしてもそうです。
とにかく日本語が美しいのです。
物語の面白さだけではなく、日本語の表現として、それを見ているだけでも、価値のある本が分かるようになりました。
その時、自分の中の審美眼が育ってきているのだな、と思いました。
また演劇の助手として、月に五万円の給料で働いているときに、
演劇の師匠から、「自分の金で一流に触れることが大事だ」と言われ、
今はなき銀座の「マキシム」で、ひとりでフレンチのフルコースを食べたこともあります。
会計は5万円くらいだったと記憶しています。
料理の美味しさもさることながら、接客の姿勢や、隅々までピカピカに磨き上げられている店内にも感動しました。
全てにおいて一流のレストランの底力を見せて頂きました。
その一つひとつが、自分の血肉になっていると思います。
一流になりたいと思うなら、身銭を切って一流に触れていくしかない。
そのように、二十代の時から実行していたことが、今の自分の財産です。
その中から学んだことを、一つひとつ項目を挙げて、お話できたらと思います。
一流ホテルにお泊りになられた方もいらっしゃると思いますが、単に一泊するだけで、どうしてこんなに高いのか、と言いたくもなる価格です。
一流ホテルは、なぜ一流なのか。
立地だったり、部屋の良さだったり、窓からの景観の魅力もあるかと思いますが、一流たる所以は、やはり、何から何まで行き届いている接客、サービスです。
一流ホテルなら、何でもやってもらえるといっても過言ではありません。
食事、洗濯も、言えばすぐに行動してくれます。
無能な秘書より的確に、迅速に、自分の望みを叶えてくれるのです。
そして、あたかも自分のためだけのスタッフであるかのように、振舞ってくれます。
それが一流ホテルの凄いところだと思います。
宿泊客が快適に過ごせるよう、スパやフィットネス、高級レストランやバーといった目に見える設備はもちろん、照明や香り、動線、接客に至るまで、あらゆるものが細部まで考え抜かれています。
すなわち一流とは、細部へのこだわりの積み重ね、結晶なのです。
一流になりたいと思っているならば、ぜひ、自分のお金で宿泊してください。
それに見合う以上の素敵な体験が味わえますし、「一流というのはこういうことなのか」と自分なりに気付くことがきっとあると思います。
美術館は芸術が塊になったような場所です。
まさに芸術のオーラが漂っています。
展示されている絵はネットでも見られるから、それでいいや、と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、それは大間違いです。
ゴッホ、ピカソ、モネ、スノワールも、インターネットでいくらでも見られるでしょう。
でも、美術館に行く人はお分かりでしょうが、写真や画像で見るのと、本物を見るということは、こんなに違うのかと驚くはずです。
本物は、作品の一つひとつが、本物のオーラを発しています。
ぜひ美術館に行ってください。
絵画は美術館で見るものです。
ぜひ、本物に触れてください。
芸術品や国宝と呼ばれるような本物には、人を引きつける特別な存在感があります。
こちらに受け取ろうとする姿勢や感性があれば、その作品が長い年月をかけて蓄えてきた美しさや生命力、作者の思いのようなものが、心に流れ込んでくるような感覚があります。
感性の鋭い人の中には、美術館を出るころには、どっと疲れてしまうという人もいます。
それほどまでに、本物が放つエネルギーは強く、作品と真正面から向き合うことは、思いのほか心と脳を使う体験なのだと思います。
だからこそ、僕は美術館の空気が好きです。
仕事に追われ、ビジネスのことで頭がいっぱいになっているときでも、時間を見つけては美術館へ足を運んでいます。
一流を目指すのであれば、美術館へ足を運ぶことを、ぜひ習慣にしてみてください。
知識を増やすだけではなく、自分の感性そのものを育ててくれる、かけがえのない時間になるはずです。
高い、安いは別にして、僕は昭和から、あるいはその前の時代から続く、老舗の店に行くのが好きです。
百年続くような店は、味が素晴らしいのはもちろんのこと、接客も素晴らしい店が多いのです。
店員さん達の一挙手一投足を見てください。
一流たるものはこうでなくちゃいけないのだな、ということがよく分かります。
居酒屋などで「少々お待ちください!」などといったやり取りに慣れた人は、目からうろこが落ちる思いをすると思います。
一流の店の名前を挙げ出したら切りがないですが、たとえば、東京の有名とんかつ屋、目黒のとんき。
ここの接客を見たら、客商売はこうあるべき、一流の店とはこういうもの、ということがよく分かります。
ピカピカに磨き上げられた白木のカウンター。
ランダムに人が並んでいても、コンピューター級の頭脳をもった女店主は、「次はあなた」「次はそちら」と、決して順番を間違えません。
そして、職人さん達の見事な揚げ具合。
キャベツが少しでもなくなると、すぐにお代わりがやって来ます。
まさに、細部にまで気配りが行き届いた名店です。
とんかつという身近な料理であっても、一流の店には、一流たる理由があります。
その理由は、料理の味だけではなく、店の空気、お客様への心配り、仕事に対する姿勢など、あらゆる細部に表れています。
この店に出会ったことで、「自分が商売をするなら、このレベルを目指したい」。そう思いました。
ぜひ、一度行ってみてもらえると、僕が言いたいことがよく分かると思います。
自分が一流になっていくための重要な時間になると思います。
大変残念なことですが、日本人は演劇を受け入れられない人間のようで、演劇というと、ちょっと苦手、と思われる方が多いと思います。
でも、ぜひ本物の演劇を劇場で見てください。
映画とはまた違う感動が必ずあります。
映像というものは、細部まで丁寧に作り込み、制作者が意図した世界を、そのまま観客に見せる表現です。
カメラアングルも、照明も、音楽も、編集のテンポも、すべてが計算され、観客はその世界へと導かれていきます。
言ってみれば、映像は完成された作品を届ける、一方通行の表現だと言えるでしょう。
しかし、演劇は少し違います。
映画のように、壮大なロケーションやCGを使って世界を作り込めるわけではありません。
限られた舞台装置の中で、俳優の演技や照明、音響、そして観客自身の想像力によって、一つの世界が生まれるのです。
例えば、舞台の上には一本の木しか立っていなくても、観客はそこに深い森を思い浮かべます。
俳優が何もない空間に向かって歩けば、その先に広い空間を想像します。
演劇は、観客の頭の中で初めて完成する芸術なのです。
だからこそ、舞台を観ていると、自分の脳が絶えず働いていることに気付きます。
目の前にあるものを受け取るだけではなく、自分自身の経験や記憶、感情を重ね合わせながら、一つの世界を心の中に描いていくのです。
その意味では、演劇は観客も作品づくりに参加している芸術と言えるかもしれません。
その体験こそが、演劇ならではの大きな魅力なのだと思います。
名作ミュージカルの「レ・ミゼラブル」は、ヒュー・ジャックマンやアン・ハサウェイたちが演じた映画版も素晴らしいですが、やはり、ぜひ生の舞台を見ていただきたい。
僕は最初に観た時、圧倒的に感動し過ぎて、しばらくの間、席から立てなかったほどでした。
それほどまでに、本物の演劇には、人の人生を変えてしまうくらいの、強烈な感動が待ち受けています。
劇場の魅力は、作品が始まる前から始まっています。
客席を包む独特の緊張感、照明が落ちる静寂、そして幕が開いた瞬間、一気に物語の世界へと引き込まれていく感じ。
こういった、劇場でしか味わえない空気が、たまらなく好きなのです。
そして、何よりもストレス解消にもなります。
観劇のあと、友人やパートナー、家族と、芝居の感想を語り合いながら食事をするのは最高の贅沢です。
一流を目指すのであれば、ぜひ実践してみてください。
一流と呼ばれるホテル、お店、劇場の話をさせて頂きました。
他にも、建築であったり、職人技であったり、とにかく世間で一流と言われるものは、好き嫌いなく何でも受け入れる覚悟で接してみてください。
本にしても、音楽にしても、自分に合う、合わないはあることでしょう。
でも、自分の何かに必ず役に立ちます。
僕は、音楽の中でもジャズが好きだったこともあり、マニアの方々のススメで、長年にわたってマイルス・デイヴィスを聴き続けてきました。
レコードやCDを何枚も買って、何度も繰り返し聴きましたが、二十代のころは正直なところ、その良さがほとんど分かりませんでした。
ところが、それから十年ほど経って、改めてマイルス・デイヴィスを聴いたとき、まるで別人の音楽を聴いているかのような衝撃を受けました。
そのとき、「自分の感性が、ようやくマイルスに追いついたのだ」と感じたのです。
今では、マイルス・デイヴィスは特別な存在ではなく、自分にとってごく自然で身近な音楽になっています。
一流と呼ばれるものは、必ずしも最初から理解できるとは限りません。
しかし、理解できなかったからといって、その価値がないわけではないのです。
むしろ、自分自身が成長したときに初めて、その本当の価値が見えてくることがあります。
また、美しい言葉に触れることも重要です。
日本語は、季節を表す言葉も豊かです。
「花冷え」と聞けば、桜だけでなく、少し肌寒い春の空気まで思い浮かびますし、「春霞」と聞けば、柔らかな光に包まれた景色が浮かびます。
日本語には、単に季節を表すだけではなく、その場の空気や匂い、感情まで一つの言葉に込める力があるのです。
本当に日本語の表現には美しいものが多いです。
自分たちは幼少期から日本語を使っているので、なかなか自分の国の言葉を掘り下げる機会が少ないですが、日本に来る外国人は、自分たち以上に、日本語の持つ独特の表現の世界にどっぷり入っていて、日本語の美しさに対して敬意を持っていらっしゃる方も多い。
そうしたことも含めて、ぜひ歴史に残る日本の名作を手に取ってみてください。
最初は難しく感じる作品も少なくないと思います。
でも、最初からすべてを理解しようと気負う必要はありません。
意味を一字一句追いかけるというよりも、まずは文章のリズムや響き、言葉の美しさを味わいながら、ゆっくりとページをめくっていけばいいのではないでしょうか。
名作と呼ばれる作品には、時代を超えて読み継がれてきた理由があります。
その中には、作者の思想や感性、人間への深い洞察、そして豊かな生命力が息づいています。
すぐに理解できなくても、その世界に身を置くだけで、自分の感性は少しずつ磨かれていきます。
焦らず、背伸びもせず、まずは本物に触れてください。
その積み重ねが、いつしか自分自身の血となり、肉となっていくのです。
寸暇を惜しまず、また身銭を惜しまず、一流に触れていくこと。
これが一流になる、遠いようで一番の近道だと思っています。
いろいろと語らせていただきましたが、もちろん、僕自身がこれらをすべて実践できているわけではありません。
ただ、これまで数多くの一流と呼ばれる方々に接してきた中で、共通して感じてきたことを、語らせていただきました。
ぜひ、皆さんも身近なことから実践して頂いて、お互いに一流を目指して頑張りましょう。