ショートドラマ制作のテクニック ~わずかな時間でココロをつかむには~
2025.01.31 (Fri)
2025.01.31 (Fri)
現在、SNSやYouTubeを中心に、世界でショートドラマ市場が急速な成長を遂げています。
世界市場を見ると、2029年には約8.7兆円(566億ドル)に達すると予測されております。
やや出遅れている感のある日本においても、10代の約7割、20代の約6割がショートドラマを日常的に視聴していると言われています。
今回は、ショートドラマを制作する際のコツや、わずかな時間でココロをつかむテクニックについて、アーツテック代表・酒井靖之監督に語っていただきました。
Contents
そもそも、ショートドラマとは何分くらいの作品をいうのかという、確固とした定義は無いと思いますが、僕の場合は、5分以下の作品を求められることが多いです。
5分という、この短い時間の中で、視聴者に感情移入させ感動してもらうことは、これまでに何十本とショートドラマを作ってきましたが、なかなかに難しいことです。
一般的にドラマ制作には、「起承転結」や「序破急」といった古典的な構成の方法があります。
さらには伏線を張ったりしながら、物語を進行していきます。
しかし、ショートドラマに与えられた、たった数分の尺でこのような展開を作ることは至難の業です。
今回は、僕が実戦で培った、ショートドラマ制作のコツを少々お伝えできればと思います。
「子供のゆいと 30歳のゆい」 監督・脚本 酒井靖之
古典的な長編小説では、人物描写、風景描写、心理描写などは、何ページも掛けてじっくりと描かれています。
通常の映画でも、「この人間はこういうバックボーンを持った人間だ」ということを、5分、10分と掛けて描きますが、ショートドラマだと数十秒で人物像を分からせなければなりません。
よって、それに見合った構成をしていかなければなりません。
僕がVシネマを作っていたころは、60分、90分、120分といった尺があったので、丁寧に人物を描くことができました。
よく最初にショートドラマを作った時の事を思い出します。
この人は何者で、どういう背景をもっていて、どんな人物なのか、ということを短い時間で視聴者に分からせること。
さらには、短い時間でその人物に共感してもらうための方法論、演出論を、一から組み立てること。
これには大変苦労しました。
結局、一番大事なことは、感動を生むためには、脚本をとことん緻密に練らなければならない、ということです。
脚本の段階で、この人物が置かれている状況を、いかに短く、なおかつ、しっかりと見せ切ることが出来るかを、頭の中で徹底的にシミュレーションしておくのです。
この脚本を映像に定着する際にも、
例えば、人物を見せる時にゆっくりとしたパンをすると、それだけで尺を取ってしまうので、カメラワーク的にも時間の掛からない方法論が求められます。
そういったことを考慮しながら、脚本を作るのです。
「亡き父からのビデオレター」 監督・脚本 酒井靖之
僕は人間と人間の関わりを描くことが多い。
特殊な例ではなく、誰しもが持っているような感情、多くの人が経験したであろうことにフォーカスしています。
突拍子もない事ではなく、日常によくある話、それを丁寧に描くことで共感を作り出そうと考えています。
多くの人に共感してもらえるカット、シーンとは、人間の原体験として捉えられる「感情」ではないかと思っています。
例えば
「男の子はつらい時に、こういうことを思うよな」
「父親になったら、必ず子供にこんなことを思うよな」
といった感情です。
また、子育てでいっぱいいっぱいのママが、必ず考えるであろう悩み、苦しみ。
こういった感情こそ、人間が誰しも持つ原体験、原風景的なもの。
これを感情を丁寧に描き、映像として定着させることで、「共感」を得ることができると思うのです。
小説でいうところの心理描写は、映像では伝わりません。
その登場人物のその時の感情は、何かしらのアクションがなければ映像として定着できないし、「共感」を得ることもできません。
例えば、日本に留まらず、中国や東南アジアでも大変なご好評を頂いたショートドラマ『おばあちゃんの口紅』という作品があります。
「おばあちゃんの口紅」 監督・脚本 酒井靖之
この中に、食事を作るおばあちゃんのカットがあります。
台所でのおばあちゃんの後ろ姿、夕陽に照らされる湯気。
田舎におばあちゃんがいる人には、このカットに共感して頂けたのでは、と思います。
東京から田舎に行き、朝起きると、味噌汁のいい香り。
昔の家なので、台所も対面ではなく背を向けている。
味噌汁から上がる湯気とも相まって、おばあちゃんが、神々しい存在に見えたのではないかと思います。
おばあちゃんと夕陽と、それを受けた湯気。
このカットで、視聴者の皆さんにおばあちゃんを思い出してほしいと考えたわけです。
実際、「田舎のおばあちゃんを思い出した」「おばあちゃんのことを思い出すと涙が出る」といったコメントを多数いただきました。
このカットは、自分の中では「黄金カット」だと自負しています。
「母娘の絆」 監督・脚本 酒井靖之
脚本がうまくいっても、一番難しいのが、頭にあるイメージを映像として定着させること。
イメージ通りの映像にするには、単なる撮影テクニックや編集テクニックだけではなく、やはり、キャスティングに左右されることが大きいのが現実です。
キャスティングに失敗すると、いかに演出、撮影術、編集術に優れていても、視聴者に違和感を持たれてしまいます。
『おばあちゃんの口紅』の場合、最初から自分の中に、はっきりとした明確なおばあちゃん像がありました。
しかし、実際のオーディション時に、自分のイメージぴったりの人と出会うことはなかなか難しいのです。
視聴者に「こんなにキツい感じのおばあちゃんには共感できない」等という感想をもたれてしまったらおしまいです。
ところが、オーディションで出会った彼女はまさに頭の中のイメージ通り。
カメラテスト時に、その女優さんの笑顔のを見た瞬間、このドラマの勝負はもらったと確信できました。
主役の少女も、笑顔と悲しそうな顔のコントラストを上手く表現できる子だったので、彼女を選びました。
キャスティングに大いに恵まれた作品だったと言っても良いと思います。
「約束のサッカーボール」 監督・脚本 酒井靖之
そして舞台となる家探しも大変でした。
ドラマはフィクションですから、全てが虚構です。わかりやすく言えば嘘です。
しかし、嘘というものは、つき通さねばなりません。
ここがドラマ作りの難しいところです。
嘘が嘘だとバレた瞬間に、視聴者はテレビだったらチャンネルを変えるし、ネットなら切られてしまう。
だから、嘘はつき通さねばならないのです。
「こんな家に、こんなおばあちゃんが住んでるわけないだろう」
「こんな服、普通は着ないだろう」
と思われてしまうようでは愚の骨頂です。
「このおばあちゃんなら絶対にこうだよな」
と小道具や家具の配置にしても、衣装にしても、完全にその世界を作り上げていかなければなりません。
僕のドラマ作りとは、あくまでも「人間」を描くことです。
その「人間」を描く際には、その人間のバックボーンを丁寧に描いていきたい。
だからこそ、着ている服や家具にも、チグハグさを一切無くしたい。
どの監督さんもそうだと思いますが、ドラマとはそういうものです。
おかげさまで、舞台となる家は見つかったのですが、これは、見つけたというより、見つかるまで探した、と言ってもいいでしょう。
映像・動画制作、ドラマ制作には、妥協があってはならないのです。
もちろん、作品には「予算」というものがあり、お金がないからできないことがあるのも十分承知しています。
しかし、良い作品を作っていこうという「情熱」は、不可能を可能にするという現実を、いくつも経験してきました。
家探しにおいても、キャスティングにおいても、神がかり的に良き条件に巡り会えるのは、やはり「情熱」と「執念」に他ならないと思うのです。
「父はロックンローラー!!」 監督・脚本 酒井靖之
つづいて、ショートドラマ制作における俳優の演技について語ってみたいと思います。
通常、俳優の感情の動き方をナチュラルに描く場合、
例えば「怒り」なら、
まず「なんだろう」という“驚き”の気持ちがあり、
そして「そんなはずはない」と感情が動き、
それから怒りという感情に変わる。
すると、それだけで5秒、10秒とかかってしまう。
ショートドラマにはその時間的余裕がないので、感情の移り変わりを早める必要があります。
しかし、早過ぎると、どうしても演技に違和感が出てしまい、いわゆる大根芝居になってしまう。
だから、そのように感じさせないためには、撮影時のカット割り、また編集でのカットワークが必要なのです。
「父の気持ち」 監督・脚本 酒井靖之
このシーンにおいては、前段におそらく、娘が家に入ってきて、
父「お前、どうしたんだ」
娘「私、離婚したの」
父「・・・」
娘「しばらく、ここに住めないかな・・・」
というやりとりがあったと推察されますが、このくだりは省略しています。
父「離婚したから家に戻りたい?ふさけるんじゃない!」
という父のセリフで、全てをわからせています。
撮影時の「感情」の変化を早めるカット割り、またこうした「省略」も、ショートドラマには必要な要素です。
「母の手に守られて」 監督・脚本 酒井靖之
ドラマ撮影の場合、同一シーンでも、いくつかのアングルから撮影しているので、
編集時には、様々なカットの素材があります。
映像の編集には、こちらからこう来たら、今度はこう切り返す、あるいは、あえて関係ないものを挿入(インサートカット)して感情を増幅させるといった、様々なセオリーがあります。
そうした中で何度も試行錯誤しながら、どのカットが一番合うのか、何パターンも作りながら決めていくのが、編集です。
大事なことは、何が正解なのか、視聴者の目線になりカットを選んでいくことです。
カット割り、編集に正解はないと思いますが、「良い編集」はあります。
それは、演出意図に合致したカット選びです。
僕の場合、何を使うのが良いのかを考える際には、頭の中のイメージを一回リセットして、
「ここは正面からではなく、顔を写さない方が情感が出るな」
など、編集時のひらめきを大事にしています。
音楽選びでは、選曲屋さんに頼む場合、自分で選ぶ場合、作曲する場合などがあります。
単なる好き嫌いではなく「この音!」という感覚が監督にはあると思います。
僕も何百曲も聴いて、「これだ!」と思える曲を選ぶようにしています。
『おばあちゃんの口紅』では、弦楽器の音や、覚えやすいフレーズを大事にしました。
このおばあちゃんを描くには、電子的な音ではなく、ピアノか弦楽器のように、アコースティックな音だと思ったのです。
このメロディは、日本人の原風景的な音だと思います。
選曲や作曲を、専門家に依頼する場合においても、
「どういう音」「どういう雰囲気」といったイメージを伝えることや、
何が正解なのかを伝えることは、あくまでも監督次第であり、監督の重要な仕事だと思っています。
著名な映画俳優、映画監督のチャールズ・チャップリンは、
「あなたの最高傑作は?」と問われた際、
「ネクスト・ワン(次の作品)」だと言いました。
僕もそう言いたいところですが、常にいっぱいいっぱいで、目の前の作品に取り掛かっています。
現在は、webドラマでも、視聴回数という結果が明確に出てしまう世の中。
後で後悔しないように、目の前の作品に、今まで培ってきたものをすべて盛り込む。
とにかく今、目の前に置かれている作品を、最大限の力と情熱を込めた作品にすること。
それが、僕にできる精一杯です。
「あたらしい私に、こんにちは」 監督・脚本 酒井靖之
ショートドラマに作り方のルールは無いと思います。
何が良い作品かと問われても、
要するに、皆さんが観て感動したり、「これは良いな」と思ったものが良い作品です。
今まで僕が語ってきたことは、あくまでも僕のやり方であって、それが正解ではないという事は断言しておきたい。
偉そうなことを言っていても、僕もまだまだ挑戦の途上なのです。
最後に、
現在、ショートドラマを作る人はどんどん増えています。
ショートドラマ専門のチャンネルやアプリもどんどん増えています。
ぜひ、皆さんにもショートドラマ作りにチャレンジしてほしいと思っています。
ただ、映像の世界に携わるのであれば、簡単なことではないのは承知の上で、人真似、パクリではなく、完全なオリジナルに挑戦してほしいと思っています。
あなたにしか描けない、あなたらしい作品を世に出していってください。
ともに、ショートドラマの世界を活性化していきましょう。